保険 アリコ Moon of Samurai Arcadia -私家版Wizardry- #04 “Superior”

Arcadia -私家版Wizardry- #04 “Superior” 

「本日をもって卒業の日を迎えた諸君にまずは慶讃の辞を贈ろう。おめでとう。二親から授かった大事な身体を粗末に扱い、化物どもの蠢く地の底に潜ろうとする物好きな親不孝者たちに衷心からのお祝いを申し上げる」
 実に心温まる前置きから“機構”のお偉いさんの訓辞は始まった。
「入学者の七割、五十九名の脱落者の中に数えられることなく、訓練学校の二週間を耐え抜いた諸君は今やすでに冒険者である。諸君の使命は迷宮を探索し、魔物を掃討し、もって民間人の平和と安全を守ることにある。背後の民間人を魔物の犠牲者にしないためにも諸君には戦って戦って戦い抜くことを命令する。その果てに死ぬか死なないかを選ぶ権利を諸君には与えない。諸君が自分の都合で死ぬことを我々は認めない」
 僕は気をつけの姿勢を崩さずに顔を真っ直ぐ前に向けて大真面目な表情を御義理に作っておいて肝腎の訓辞は右から左へと聞き流しながら眼だけを動かしてよそ見した。四月の陽は落ちかけて内郭の陰に隠れようとし、群がる雲の底をオレンジに染めて、グラウンドに整列した僕たち新米冒険者たちの影を長く伸ばしている。卒業生は総数二十三名。それぞれ職業別に右から戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、そして侍の順で縦列に並んでいる。もっとも最後の侍だけは桜さんしかいないので列を成しているとは言えなかった。桜さんの後ろ姿は記憶の中の影像とほとんど変わっていなかった。
「諸君の中には争いごとに無縁だった者もいるだろう。軍属だった者もいるだろう。傭兵だったものもいるだろう。だが今日から諸君はひとしなみに冒険者だ。
 諸君の仕事には常に危険が付きまとう。脱落する者も出るだろう。新たな人生を歩む者も出るだろう。だが冒険者であった過去は消えない。迷宮は決して冒険者を放さない。戦争で殺人を犯した人間がついに戦場から逃れられないように」
 視線を右に向けると僧侶の列の向こうに吾妻さんの姿が認められた。その横顔は頬が豊かに張っている。最初に出逢った頃は骨皮筋右衛門だったのが訓練の間に充分な肉をつけてすっかり頼もしくなっていた。過酷なシゴキのせいで四キロ痩せてしまった僕とは大違いだった。
「諸君の活躍をそれなりに期待している。以上」

 こうしてプログラムのどん尻の訓辞も終わり、卒業式は閉幕を迎えてその場で解散となった。とたんに周りが騒がしくなった。二週間ぶっ続けに張り続けてきた緊張の糸をようやく弛めて桜さんの所に向かった。彼女はすぐに僕の姿を認めて近づいて来た。
「卒業おめでとう。二週間しか空いていないのに、こうやって仁と顔を合わせるのはずいぶん久しぶりな気がするな」
「桜さんもおめでとうございます。ホント、思い起こせば小野妹子が遣隋使として日本海を渡って全国妹選手権に参加したころ以来のような……」
「それは古すぎだ。あと小野妹子は男だ。というか何だその妹選手権て」
「隋の煬帝が審査員長を務める七世紀初頭最大の美人コンテストです。参加資格は妹であることただ一つ。ちなみに参加者にはもれなく大運河開鑿工事の強制労働がプレゼントされます」
「なんて嫌すぎるコンテストなんだ」
「二人ともおめでとさん!」
 急な声と一緒に背後から覆い被さられた。吾妻さんだ。両手を伸ばして左腕を僕の、右腕を桜さんの首に回していた。
「あーびっくりした。脅かさないで下さいよ、あと重い」
 僕の抗議に吾妻さんはどこ吹く風と全く悪びれずに僕たちを急かした。
「立ち話もなんだし日も暮れる。歩きながら話そうぜ。ところでなかなかに刺激的ではあったな、あの訓辞」
「あれ結局なんだったんですか? 僕たちの気分を下げるだけ下げて、というかほとんど呪いでも掛けるようなこと言って」
「あのオッサンは確かマスコミからの出向組だったはずだ。“機構”が批判を弛めるためにマスコミの大物の何人かを招聘しているんだよ。あのオッサンにしてみりゃ、顧問のポストにふんぞり返って高い給料を貰えれば俺たちがどうなろうと知った事じゃないんだろ。いやむしろ死んだ方が嬉しいんじゃね? 探索が長引くだけ退職からは遠のくし、叩きのネタは出来上がるしで」
「それならそれでもう少しマシな人選をしてくれれば良かったのに。ま、確かに刺激的だったし型破りではありましたが。あれを聞いて士気が上がる人がいたとしたらそいつはマゾだと思いましたね」
「……背後の人たちを守るために戦えというくだりでちょっとだけ感動したんだが」と、こちらは心持ち肩を落とした桜さん。
 僕たち三人は取り止めのない話をしているうちに訓練場を抜けて市街地に出た。以前のような違和感は覚えなかった。今の僕は少なくとも二週間前の桜さんや吾妻さんくらいにはマナに適応した身体になっていると考えてよさそうだった。
 大通りを歩くこと数分でギルガメッシュの酒場に着いた。中は急進的な嫌煙権推進論者が見れば卒倒しかねないくらい濃密に紫煙が漂っていた。喉がいがらっぽくなるのを堪えて店内を進んで三人でテーブルを囲むとすぐにウェイトレスさんが駆け寄ってきた。胸を強調したデザインの制服を着て膝上30cmくらいのスカートを穿いている。まだ宵の口だというのに店内がほぼ満席である理由が判明した、ような気がした。年の頃は二十歳前後。顔立ちは十人並みだけど活気に満ちた瞳と表情のおかげでかなり魅力的に見えた。
 そんなウェイトレスさんが元気よく注文を訊いてきた。
「いらっしゃいませクソ野郎どもファッキンガイズ、ご注文は何になさいますか?」
「君のオフの時間」と吾妻さんが言った。
「液体窒素で顔を洗って出直して来やがれでございます」とウェイトレスさんがにっこり笑って斬り捨てた。結局それぞれが牛乳とオレンジジュースと生中とを一つづつ頼んだ。
「まずは乾杯」と吾妻さんが音頭を取って僕たちはグラスを合わせた。吾妻さんはビールを一息に半分くらい飲んでから「じゃ、メシ食う前に顔見せしとくか」と言ったので「例の先輩冒険者ですか?」と桜さんに質問されると「おお」と頷いてさっきのウェイトレスさんが手の空いたのを見計らって声を掛けた。
「ちょいとそこ行くお嬢さん、お願い聞いて下さいな。いや料理の注文じゃなくて。え、おととい来やがれ? よろしい、あなたのお望みならたとえ火の中水の中、お腹なかなかとらやの最中。アインシュタインに手袋を投げつけて相対性理論の裏をかき、この身はたといタキオンに質量変化を起こそうともきっと過去へと旅立たん。あー逃げないでジャストアモーメント。店の常連の黒井さん今います? 冒険者の中で一番の古株の。え、いる? だったら申し訳ありませんが席まで案内してもらえませんか。お礼はカラダで払いますから、性的な意味で。そんな、全力で御免蒙る! みたいな顔をしなくても」
 そんなわけで連れて行ってもらうことになった。こちらがお願いする立場なので僕と桜さんも同行することにして三人めいめい自分のグラスを空にした。店の奧、厨房から最も近い席に導かれた。
 三人の屈強な男たちが座っていた。向かって右から黒人、白人、黄色人。その左端の人が立ち上がった。
「私が黒井だ。話は聞いている。五百島の口利きじゃ断れないな。お前らも立てよ、新しい仲間だ。ああ紹介しよう、こっちのデブがバイア・バカルディ。あっちのノッポがウィリー・スミスだ」
 僕たちの自己紹介が聞えないように二人は立ち上がった。彼ら三人が横に並ぶときれいに右肩上がりの背の順になった。
 黒井さんは僕より少し背が低いくらいの三十前の青年だ。佇まいには無言の自信が滲み出ている。訓練学校に臨時の講師としてやって来た何人かの現役冒険者に共通するオーラのようなものを黒井さんと他の二人にも感じた。容姿が平凡に見えるのは後の二人が実に特徴的な外見をしているからだった。
 バイア・バカルディさんはデブと紹介されたものの実際には肥満ではなく堅太りの体型をしている。脂肪の下には充分な量の筋肉が隠れていると見て取れた。極端な猫背で両腕を前に垂らしている。顔が面長で頭が大きい。直立した牛みたいだ。三人の中で一番老けて見えるのは頭頂部の深刻な環境破壊のせいばかりではないだろう。
 ウィリー・スミスさんは黒光りのするムチのような肉体の持ち主だ。左隣のバカルディさんとは対照的に身体にほとんど贅肉がついていない。おかげで実際以上に長身に見える。腕が異様に長くて前屈みにならなくても指先が膝にまで届きそうだ。細身のゴリラを連想した。
「詳しい話を詰めるのは明日九○○○キュウマルマルマルに訓練場に集合してからだ」と全員が着席するのを待ってから黒井さんは言った。「ここで決めるのは金のことだけだ。メンバーはこの六人で問題ないな。報酬の分け前は、私たちが六で吾妻たちが四。文句がなければ以上だ」
 あっという間に終わった。黒井さんが向こうのリーダー格なのか、他の二人は口を挟まずにただ僕と桜さんを交互に眺めながらニヤニヤ笑うだけだった。僕たちが自分の席に戻ろうとしたところでバカルディさんがジョッキを差し上げながら英語で言った。
「お嬢ちゃんにお坊ちゃん、化物どもが恐くなってガタガタ震えたくなったら俺のベッドに潜り込んで来な。二人まとめて相手してやるぜ」
 スミスさんが顔を下に向けて盛大に吹き出した。黒井さんは何も聞えなかったように平然としていた。他意はないかも知れないし単純に軽口の可能性も高いしそもそも熟練の冒険者が自分から本気で仲間割れの愚を犯そうとしているとも思えないので意味が分からない振りをして日本人的笑顔を浮かべながら聞き流せば全てはなかったことになるだろうと思った。僕はずっとそうやって面倒を避けてきた。でも今ではカジノさんの言葉が頭の隅にあった。仮に冗談だったとしても侮辱には、少なくとも仲間に向けられた侮辱には突っ張り通す必要があると考え直した。
 僕は天使のように清らかな笑顔を作って答えた。
「結構なお誘いですね。その時になったら貴方の上の穴と下の穴とを壊れるまでファックしてありったけの特濃ミルクをブチ込んで差し上げますよ」
 三人は一瞬ギョッとしたような顔になったが、すぐに油断のない目つきになって肉食獣のように歯を見せて笑った。「お手柔らかに頼むよ」とバカルディさんが言うのを背に受けて僕たちは席に戻った。
「英語が喋れたんだ、仁」と桜さんが椅子に座るなり上半身を乗り出してきて言った。「でもあのハゲと君、何て言ったんだ? 雰囲気からして穏やかじゃなかったが」
「ハゲは直球すぎるだろ。シルクロードのロマン漂う沙漠のような頭だとか、フロンティア精神を匂わせる西部の荒野みたいな頭だとか、いろいろ言い様があるだろうに」
「遠回しに馬鹿にする方がもっとひどいんじゃありません?」
 二人とも勘で悟ったのか、それとも単純に虫が好かなかったのか、第一印象はあまりよろしくないようだった。
 僕は極上の笑顔で嘘を吐いた。
「別に、どうということのない遣り取りですよ。美少女と美少年の姉弟だな、って褒めてくれたから、いえいえそちらの皆さんも頼もしそうでパーティーを組む身としては心強い限りです、って言ったんです」
「ぜんぜん信じられない。でも、姉弟、ね」と桜さんがまんざらでもなさそうな顔で言った。
「嘘くせー。なーんか嘘くせー。ってか俺は無視かよ」
 無視された方がマシだったんですよと心の中で吾妻さんに呟いた。
「ともあれ付け焼き刃にしちゃ役に立った。今度カジノさんに礼を言っとこ」
「何、そのカジノって、もしかしてお前のバディだった人?」
「ええ。ギブアンドテイク、向こうが英語を、こっちが日本語を教えることにしたんです。教科書はラジオだけでしたけど何とかなるものですね」
「へー、じゃ実質二週間で修得したわけか。すげぇな」
「教師が熱心で有能だったんですよ。あと手前味噌ですけど、耳が良いのが僕の数少ない自慢の一つ」
「他の自慢は?」
「顔が良いこと」
「言い切りやがったよ! コイツ言い切りやがったよ! うわゲロむかつく! 褒めて損した!」
 僕と吾妻さんの間に桜さんが疑問を挟んで来た。
「ところでバディって何だ? 話の流れからすると人みたいだけど……」
「あれ、桜さんはバディがいなかったんですか?」
「うん。それボディと同じ意味?」
 不安そうな顔の桜さんに僕は重々しく頷いた。
「ええ。で、ボディの意味は身体じゃなくて死体の方です。スティーブン・キング原作の映画『スタンド・バイ・ミー』の原題はそのまんま『ザ・ボディ』、死体探しの冒険でしたよね。そっちの意味です。僕らは死体と二六時中一緒に生活する訓練を受けていました。迷宮でパーティーのメンバーが死んだ時に備えての訓練なんです。もちろん本物の死体じゃなくて人型の砂袋ですけどね。目を覚ましては横に転がっているボディをベッドから引きずり下ろし、朝食の時には隣の椅子にボディを座らせ、訓練の時にはボディを担いでえっちらおっちら長距離走、休憩時間にはボディに向かって語りかけ……」
「な、なかなかに過酷な環境だったんだな」
「呼吸するように嘘を吐くのは止めろ。桜が信じてるじゃないか。ボディじゃなくてバディだ。死体じゃなくて相棒だ。二人一組になって連帯責任で訓練するシステムだよ。今期の侍は桜一人しかいなかったからペアの作りようがなかったんだろ」
 吾妻さんの訂正を聞いた桜さんの僕を見る眼が思いなしか吊り上がった。
「いやいや桜さんは笑っている時が一番きれいですよ?」
「そんな言い草は十年早い」
 桜さんに頬を思い切り抓られた。
「痛いいたいいたひ」
「死ぬまでイチャついてろ。そのカジノさんアメリカ人? ラスベガス出身?」
「ハワイのオアフ島ですよ。日系四世なんです。ちなみに元海兵隊マリーン
 僕は桜さんの洗濯バサミの刑から逃れ、吾妻さんのイマイチな冗談に対してコップの水を使って人差指でテーブルに梶野と書いた。
「ふーん。それだけ経てば日本語も忘れてしまったのか」
「いやむしろ完全な形で伝えられてて、それがまずかったんです。百年前に曾祖父が故郷を出発したときそのままの会津弁を連発するものだからカジノさんが来日して日本語を喋るたびに変な顔をされるか陰で笑われるかして、精神的に随分へこんだそうです。本人は日本人の血がかなり薄まって金髪碧眼の容姿をしているから尚更ギャップが激しくて。事情を知ってからは本人も吹っ切れて自分からネタにするようになったそうですけど、やっぱり標準語も使えるようになっておいた方が良いと考えて、それで僕とお互いの母国語を教え合うように」
 それから僕はカジノさんから聞いた失敗談を本人に傷がつかないように面白おかしく語り、桜さんはエリートクラスの特殊な訓練の模様を淡々と語り、吾妻さんはいつものように馬鹿話を馬鹿っぽく語った。料理を次々に注文し、腰を据えて楽しんだ。こんなに楽しい食事は初めてだった。なぜか涙が出そうになった。
 気分も腹も充分に満足したところで僕たちは別れた。僕は冒険者専用の無料宿泊施設で一晩を過ごすことにした。狭い部屋と臭い寝床と不味い飯とのせいで馬小屋の俗称を奉られているほどに劣悪なサービスを誇ってい、実際に体験してみると世間様の下した評価は全く正しかったのだと悲しみとともに納得させられ、自分の選択をちょっとだけ後悔させられたけど、それでもタダという要素は今の僕には非常に魅力的だった。冒険者の卵には準備金として十五万円程度の金額が支給されるからその気になればもう少しマシな宿を選べたけど、その金を除いては無一文に近いのだから贅沢は許されなかった。冒険者としてやっていく自信がつけばいずれ適当なアパートでも借りようと布団の中で考えているうちに綿のようにくたびれきった身体が地面に吸い込まれるような感覚とともに意識が闇に落ちた。


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