Arcadia -私家版Wizardry- #03 “Suburb”
サイレンが鳴った。柱時計の針は十二時を指していた。
訓練場から退場する。やっぱり違和感を覚えた。五感が鈍る。四肢に鉛が詰め込まれたようだ。身体能力が通常に戻っただけだということは頭で理解できるのだが、どうしても身体が衰えたような気がしてしまう。慣れるには時間がかかりそうだ。桜さんも吾妻さんも平気な顔をしていた。僕とは物が違うようだった。
四十分の休憩ということになった。志願者たちに弁当が配られる。三人で雑談に興じながら昼食を摂ることにした。口火を開いたのはやはり吾妻さんだった。
「で、お前らはどんな職業に就くつもりなんだ? 魔法使いだと俺とダブるからちょっとは考えてくれよ」
「特に、これといって志望はないですね」と僕は答えた。「まずは試験をパスすることだけしか頭にありませんよ。桜さんは?」
「私は戦士かな。実家が古流剣術を伝えているから少しは役に立つかも知れない」
そう言った桜さんの背筋はまっすぐに伸び、箸使いも無駄の無いきびきびしたものだった。胸元のナンバー445のプレートは微動だにしない。思い返せば、桜さんは最初の出会いからずっと目線を正面に据えていた気がする。武道を習っていると言われてもすぐに納得できるような所作だった。こちらの姿勢まで正しくさせてしまうような雰囲気をあたりに醸し出していた。
「じゃ、桜の実家は神社か何かか?」
「そうですけど、よくわか……」
「すげ……! すっげ! 巫女さんキャラが目の前にいるよ!」
質問の答えに吾妻さんが心持ち仰け反りながら絶句していた。
「はいはい吾妻さん、白衣に緋袴をミックスさせた桃色ファンタジーを脳内で満たすのは一人のときにやってください」
僕の突っ込みを受けて吾妻さんは冷眼を向けてきたが口では何も言わなかった。図星だったのだとしておこう。
「トロピカルピーチ妄想はさておき、なんで桜さんの家業が判ったんですか?」
「なら言うなよ、全く。半分は当てずっぽうだよ。日本の剣術の源流は関西の京八流と関東七流だろ? で、後者の発祥の地は鹿島神社だからな。神道流や念流、陰流の三派は鹿島から派生している。ついでに言えば、名前だけなら今でもそれなりに知られている塚原卜伝はそこの神官卜部氏の出身だ。
それと桜がさっき“伝えている”と言ったからには一族との結びつきはそれなりに強いと思った。そういうわけで神職の可能性はそう低くないと踏んだんだ。そして最後に」
最後に? 僕と桜さんの視線での質問に吾妻さんは答えた。
「その方が萌えるじゃないか」
そう言ってのけた吾妻さんは今まで見た中でもっとも真面目な顔つきをしていた。
休憩の後、再び訓練場に集合した。仮設テントの長椅子の上にはアンケート用紙のようなプリントが置かれていた。日本語と英語が併記されていた。
司会者が演壇に上がった。背丈は僕と同じくらいだろうか、そんなに高くはなさそうだった。年齢は四十がらみ。髪を七三に分けて眼鏡を掛けていた。やや丸顔で、柔和ではあるが特に意味のなさそうなアルカイックスマイルを浮かべていた。外国人がカリカチュアライズして想像する日本人サラリーマンそのものといった感じだった。胸元の名札には椎名と記されていた。
「これから皆さんにいくつかのアンケートに答えていただきます。参加者の性格を決めるための心理テストです。質問の内容はどこででも見られるような性格診断ですから心配は要りません」
次に英語で何か言っている。たぶん同じ内容を繰り返しているのだろう。性格診断をする必要なんてあるものなのかと訝っていたが、それを見越したかのような解説をしてくれた。僕と同じような疑問を抱かれることに慣れているのだろう。
「魔物は時には友好的な対応をしてきます」
なかなか奇想天外なことを言い出した。周囲から笑声が飛ぶ。
「友好的とは申しましたが、別に魔物が諸手を挙げてやあやあ本日はお日柄もよくと親しげに話しかけてくるわけではありません。魔物は自分の腹具合や我々の戦闘力などを勘案して、場合によっては冒険者を視認できる距離にあってもあえて手を出して来ないときがあるのです。友好的な対応とは便宜的な呼び方に過ぎません。
そんな時、戦端を開くかどうかの選択権は冒険者の側に移ります。無用な殺生は避けるか、目に付いた敵は確実に仕留めるか、それともどちらでもいいか。迷宮でいちいちその判断を下していたのでは性格の違うメンバーの主張のせいでパーティーが分裂してしまうし、その果てには全滅の危険性さえあります。だから最初に性格を分類しておいて相反する性格の人間とは組ませない。このアンケートは無用なトラブルを避けるためのものです。
なお性格には善と悪、そして中立があります。善と悪とは性格が違うのでパーティーの編成は許可しません。中立は善悪どちらと組んでも結構です」
善悪と言いましたがこれはあくまで分類上の呼称であってこれがそのまま人としての本性を決定するものではありません、と最後に付け加えた。
後で聞いた話だが、さすがに悪にカテゴライズされた人たちは愉快ではなかったらしい。定義付けが必要なのは認めるが、せめて善悪という呼び方は改変しろと何度も抗議を行ったそうだ。自分の都合で騒ぎを起こせるあたり、確かに悪だと納得した。
とにかくアンケートに取り掛かった。文章が青白く発光していることと、YesかNoかにチェックした端からその文章が消えていく点が凡百のアンケートとは違っていた。これが魔法か、と感心しないでもないがそれ以上に無意味な虚仮威しだという印象が強かった。最後の質問に回答し終えると用紙から全ての文字が消え、やがて中立――Neutral――という二つの単語が浮かび上がってきた。
見ると桜さんも吾妻さんも中立だった。他の人たちとパーティーを編成するときには融通が利きそうだ。
職業の説明に移った。
「ご存知の方も多いでしょうが、冒険者の方々には八つの職業のいずれかに就いていただきます。そのうちの四つの上級職については、この場合あまり意味がないので省略して基本職についてだけ説明させていただきます。
戦士、魔法使い、僧侶、盗賊。この四つが基本職です。戦士は物理的な攻撃やパーティーの壁を務めます。魔法使いと僧侶はそれぞれ魔法による攻撃と補助を行います。盗賊は少し特殊で、魔物たちが隠し持っている宝物を安全に入手するという仕事があります。
冒険者の方々は迷宮ではパーティーを組みます。だいたい六人一組で、前衛と後衛に分かれています。前者を戦士が、後者を魔法使いと僧侶が務めます。盗賊は普通なら後衛なのですが、パーティーの事情によっては前衛に配される場合もあります。
ここで銘記していただきたいのですが、パーティーの強さは総合力にあります。戦士だけとか、魔法使いばかりのパーティーは自殺志願者の集団と変わりがありません。バランスが重要なのですね。戦士二人、魔法使い一人、僧侶一人、盗賊一人。この五人が基本でしょう。戦士を増やすかそれとも魔法使いかは好みによるのでしょうが」
一時になった。ようやく本格的な審査が始まる。
志願者たちに装備品の一揃いが配られていく。その内訳は半球形の鉄製の帽子、やたらポケットが縫い付けられた迷彩チョッキ、四つのポーチがくっついたサスペンダー、パンパンに膨らんだリュックサックだった。どれもこれも充分以上に使い込まれていた。あちこち塗装は剥げているし、綻びも目立った。しかしかなり丈夫な作りをしているらしく、乱暴な扱いにも耐えられそうだった。僕たちは指導員の説明に従って身に着けていった。見た目よりもずっと重かった。ポケットの中を覗いて見たら、ご丁寧なことに鉛の棒がぎっしりと詰め込まれていた。身体だけでなくて心まで重くなりそうだった。ポーチやリュックサックは推して知るべし。総重量は50キロだそうだ。その場に突っ伏してしまいそうになった。
司会者が壇上から説明し始めた。
「まずは皆さんの基礎体力とマナの相性を調べさせてもらいます。訓練場の周囲でマラソンをしてください。きっかり一時間、足を止めればその場で失格ですから注意してくださいね。ああ、もちろんさっき配った装備品は残らず身に付けておくように」
こりゃ死ぬなと観念した。
僕の後ろから椅子が倒れる音がした。見ると知らない志願者が立ち上がってクレイジーとかガッデムとかシットとかファッキンとかブルシットとかマザーファッカーとかいった素敵な英単語を連発していた。浅黒い肌をした縮れ毛の外人だった。図体は縦にも横にも大きかった。しきりに罵倒を続けていたが司会者が黙ったままでいるので侮蔑したような顔で彼に詰め寄っていった。演壇に上がり込み、吐き散らす唾が相手の顔にかかるほどに近づいた。並ぶと大人と子供のようだった。司会者はにこやかな笑顔を浮かべながら相手の肩に左手を置き、空いた右手で強烈なボディブローを見舞った。外人の足元が10センチは浮き上がった。腹回りのぶ厚い筋肉と脂肪がなければ内臓が破裂していてもおかしくないような一撃だった。司会者は相変わらず笑顔のままで泡を吹いてくずおれた外人を片付けるように指事を下した。
「えー、はからずもマナの実用性を実演することになりました。見ての通り、私の体型は同年代の一般人のそれと変わりません。格闘技の素養もありませんし、冒険者の試験をパスしたわけでもありません。ただこの訓練場に顔を出す機会が多かっただけですが、それでもさっきのような非常識な能力を発揮できます。
あと元気がいいのは結構ですが、司会の進行を妨げるような行為はご遠慮願います。さて、マラソンを始めてもらいます。質問があったらいつでも訊いてくださいね」
質問はなかった。あるはずもなかった。司会者はなんだか物足りないような顔をした。
長距離走が始まった。しかし走り出してすぐに身体が軽くなっていった。ランナーズ・ハイではなさそうだ。どれだけ経っても疲労をほとんど感じない。マナとは便利なものだと感心したし、同時にさっきの名前も知らない外人さんは殴られ損だったなと同情した。
周囲を見回してみると、脱落者は少なくなかった。吾妻さんはマイペースに走っている。桜さんはどうだろうと探していると、後ろから追い抜かれた。その顔には汗一つ浮かんでいなかった。とてもかないそうになかった。
周回数の多さで順位が決まった。トップは桜さんだった。参加者たちはどよめいたが試験官たちは涼しい顔をしていた。これくらいだと迷宮都市では非常識のうちにも入らないのだろうか。ちなみに僕はだいたい真ん中。吾妻さんは後ろから数えたほうが早かった。
次の審査からは順位ごとに分かれることになった。遠投、握力と背筋の測定、100m走の順番だった。どれもこれも自己新を記録するどころか世界記録を更新してしまいそうな勢いだった。最後の100m走で10秒を切ってしまったときにはもう笑うしかなかった。そして全く同感だという顔をした試験官に殴られた。
次はマナの運用のセンスについての査定を受けることになった。内郭に隣接した建物に案内された。中世ヨーロッパの神殿を連想させるその外観には漠然とした不安感と昂揚感を同時に覚えた。構内の一部屋に進んだ。粛然と身が引き締まるような神秘的な空間だった。中央に靄のような球体がわだかまっている。マナを媒介にしたエネルギーの揺らぎだと説明された。無色透明だったがその向こうの背景は不自然に歪んでいた。光の屈折かなにかの関係なのだろう。
志願者にスケッチの用具が配られた。写生しろとのことだった。最初はただの靄にしか見えなかったが、仔細に観察しているうちに変化が生じた。陽光を浴びた油膜のように色がつき始め、やがて青紫のような色調で固定した。その色にも濃淡の違いが見受けられた。エネルギーの流れというやつだろうか。とにかく見たままに描き上げた。
次にマナを操る段階に移った。順番に手で触れるように命じられた。この靄を拡大、縮小しろという。頭の中でイメージすれば簡単だとアドバイスされた。本当だろうか。誰もが恐る恐る手を伸ばしていった。まるで変化がない場合もあれば、部屋全体にまで拡散したりゴマ粒一つくらいに収縮したりした場合もあった。
僕に順番が回ってきた。無造作に触れる。流れる温水プールに手を突っ込んだような感じだった。拡大。縮小。基準はよくわからないが、前の人たちから判断すれば可もなく不可もなくといった成績だと思う。
その後は大部屋に移動した。学校の教室のようだった。席について筆記試験を始めた。知識よりも知能を要求される内容だった。1,1,2,3,5,8,13,a,34,……のaを求めよ、といった具合の問題が多かった(これはフィボナッチ数列といって黄金比に深く関係する数列だと後で吾妻さんが訊かれもしないのに解説してくれた)。
解答用紙が回収されると次は正面の壁に地図が張り出され、記憶しろと言われた。三分経って地図が剥がされ、白紙が配られた。さっきの地図をできるだけ正確に写せと命じられた。今度は記憶力のテストだろうと当て推量しながら描いた。
これで試験は全て終了したことになる。外に出るとすでに薄暗かった。試験会場に戻って全ての項目が埋められた採点表を提出した。担当の面接官がたいしたもんだと口笛を吹いた。
「君はバランスがいい。三つの職業から好きなのを選択できるんだからな。性格が中立じゃなかったら僧侶にもなれたぜ」
「戦士か魔法使いか盗賊か、ですね」
「そうさ。採点表を見ればどうやら戦士が適任のようだ」
僕がどの職業に適しているかどうかはあまり問題ではない。パーティーの強さは総合力なのだから。そして桜さんは戦士を、吾妻さんは魔法使いを志望している。だったら僕の選択は決まっている。
「盗賊を」
面接官はなにか言いたそうな顔をしたが、結局は黙った。
なんにせよ冒険者としての適正試験には合格できたわけだ。これから先の二週間は訓練学校でのシゴキが待っている。漏れ聞いているところの過酷な訓練を想像して気を重くしていると、試験官たちが奥で固まって小声で囁きあっていた。その表情からトラブルではないがちょっとしたニュースを受け取ったとわかる。
「なにかあったんですか?」
「侍だよ」と、僕の担当だった試験官が答えてくれた。「今回、エリートクラスに合格した志願者が一人いたんだ。これで侍は五人目だ。一人は死んでもう一人はここから去っていったから、都合三人の侍がいるってことだ。しかも驚くなよ、そいつは女だってんだ。名前は知らないが……」
「ナンバー445、ですか」
「ん? ……ああ、当たりだ。知り合いか?」
「おかげさまで」
- [2007/04/10 23:48]
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