保険 アリコ Moon of Samurai Arcadia -私家版Wizardry- #05 “Spring has come”

Arcadia -私家版Wizardry- #05 “Spring has come” 

 今までずっと逃げてばかりいた。
 なにかいやなことがあればすぐに背中をまるめてしゃがみこんで耳をふさいで目をとじて、めんどうがとおりすぎるのを待った。そのときはきまって目のまえがまっくらになるような思いにとらわれた。すべての平衡感覚がうしなわれて暗くはてのない泥沼の底に落ちしずんでゆくようだった。はじめはずっと殻のなかにとじこもっていなければならないのかとおびえながら日々をすごしていた。それでもやがて区切があることを学んだ。問題が完全に解決するわけでないことは経験によってうすうす承知していたけれど、それでも間隔と休憩時間とが置かれていることを知った。それは忍耐の結果ではなかった。むこうが勝手にあきただけだった。そのときの僕は自分がつまらない人間だからほかの人の興味をずっとつなぎとめられないのだと考えた。あのころの僕はすべてをマイナスの意味にとらえることしかできなかった。
 そのうち僕はもうひとりの自分をこしらえてもとの自分をひとごとのようにながめられる技術をそだてていった。他人に自分を誤解させるすべを会得した。心にもないことを言うわざを学んだ。うちがわの自分とそとがわの自分とのあいだに距離をあけて障壁をきずいて段差をもうけて、そとからの影響をうちに近づけさせまいとがんばった。それらはあるていどは効果を発揮して僕を守ってくれた。
 やがて僕の生活はおおきな変化をむかえた。古い世界は死にたえずに地つづきのものであったにせよ、それでもいくらかのゆとりを手にいれた。僕はあるひとつのことに熱中しはじめた。代償行為なんてむつかしいことばをそのころは知らなかったけれど、自分がまわりの環境から逃げることをごまかすために、あるいは恥知らずにも正当化するために、その行為に没頭したことには気づいていた。はじめのころの僕は過程だけを求めていた。ペース配分も考えず、コースえらびにも頭をつかわず、ただ走ることだけを目的としたランナーだった。それなのにゴールに到着したとき、望んでいたものとはまったくちがった結果がもたらされるであろうことについては考えがおよんでいなかった。そして僕はまるで見当ちがいのゴールに到着した。そのトロフィーは僕の平穏をだいなしにしてくれた。僕はまた逃げた。
 その果てに僕はいま、迷宮都市のベッドのなかでまるくなってひとときの暖かさをむさぼっている。

 六時まえには目がさめた。しかしきのうまでのようにいきおいよく寝床からはね起きるようにはいかなかった。まぶたが下に吸いつきたがる。頭の奥がすこし重い。口のなかが悪いのは舌苔のせいだろう。ふとんのなかのぬくもりから体がはなれたがらない。寝不足だ。もう訓練場で寝起きしているわけではないことを体で実感した。
 目がしばしばするのをもてあましながら食堂にむかった。ついた先では人影がまばらだった。他の人たちはまだ寝ているのだろう。訓練生のころのようにきびしく節制しなくてもコツをつかめば冒険者としてやっていけるのだろうと思ったので、僕も先輩たちにならって二度寝しようかという考えが頭にうかんだが、訓練学校を卒業したばかりの身なのでどこまで手をぬいていいのか加減がわからなかったし、なまけぐせがついてずるずるとあらがいようもなく堕落してゆくことを考えると恐ろしかったので、春眠暁をおぼえぬかたがたのひそみにならう気はうせた。
 乾燥ぎみのサンドイッチと原色あざやかなビタミン剤とを牛乳で胃にながしこみ、洗面所で顔をあらって部屋にもどり、着がえて馬小屋をチェックアウトした。荷物はフロントにあずけておく。四月のしらじらとした朝日をあびながら僕は緊張しながらも心のどこかで散歩気分を感じて訓練場へと歩いていった。

 訓練棟の盗賊用の構内には僕がいちばんのりだった。更衣室にはいり、戦闘用の装備を身につけ、姿見にうつった自分の全身像を確認した。
 まず戦闘服は黒ずくめのアサルトスーツ。そのうえにケブラー繊維のボディアーマーを着用している。ひじとひざとにフェルト・パッドをつけ、手に防刃グローブをはめ、足に編上式のコンバット・ブーツをはいている。ここまでは“機構”が冒険者のモデルとして参考にした英国陸軍特殊部隊SASの隊員の対テロ任務装備ほとんどそのままだった。かれらとの外見上のいちばんのちがいは僕がヘルメットもかぶらずマスクもつけずに頭部をむきだしにしていることだ。頭や顔に何かを装備するとマナを知覚する能力が大はばににぶるのがその理由だ。よほど薄手の布地か面積のせまい小物かだったら別だけれど、それだと防御効果はほとんど望めないうえにじゃまっ気なだけなので、冒険者のほとんど全員が首から上には何もつけていない。頭を無防備にさらすのは危険が大きいけれど、それ以上にマナを感じとりにくくなるデメリットのほうが深刻だった。
 僕はグロック17を右脚のホルスターにおさめ、ベネリM4ショットガンを右手につかんで更衣室をあとにした。ちなみに僕の装備はすべてレンタル品である。契約はきのうの卒業式の前にすませておいた。卒業生に支給される準備金ではアサルトスーツ一着を買うにも足が出るのでふところに余裕がなければ一週間いくらというかたちで装備を借りるしかないのだ。もっとも週三ペースで迷宮にもぐれば一ヶ月で装備一式を買えるだけの金がたまるらしいのでそれほど気にはしていなかった。

 訓練生とちがって冒険者には訓練は義務づけられていない。迷宮にもぐって仕事ができるだけの力があれば問題はない。力がなければライセンスを剥奪されるか、あるいは迷宮で命をおとすだけである。だから冒険者はだれに命令されることなく自分から訓練をおこなうのだ。
 僕は一般的な冒険者の訓練メニューを知らないので、とりあえず約束の時間までかるく体をうごかす程度にとどめておくことにした。十分ばかりを柔軟体操についやし、あとはブンチャカラ、つまりフルロードした弾倉いりのライフル(僕のばあいはショットガンだけど)をかついでのランニングをすることにした。ショットガンをもつ両腕を水平にしたり、真上にあげたりして走るのだ。そうやって訓練場の内周を走ること小一時間、額に汗がにじむころにはパーティのメンバー全員があつまったので、すっかりあたたまった体をほぐしながらみんなのところへ歩いていった。
 よ、と吾妻さんが右手をあげてこちらへ近づいてきた。吾妻さんの装備は僕のものとそれほどかわりがなかった。
「魔法使いらしくないかっこうですね。ファンタジーのフの字も見あたらない」と僕は軽口をたたいた。
 吾妻さんは芝居がかった声と身ぶりで応じてきた。
「何を言うか。この魔法のステッキが目に入らぬか!」
「M72ロケットランチャーにしか見えないのは僕の目が節穴だからでしょうか」
「考えるな。感じるんだ」
「むりです」
 そんなふうにくだらないことを言いあいながらみんなのところへ歩いていった。みんなの装備はやはりにたりよったりで、変化があるのは武器だけだった。黒井さんはAKM突撃銃を首からさげ、バカルディさんはグレネードつきM16突撃銃を両手にもち、スミスさんはミニミ軽機関銃をかついでいた。三人は僕を見ても別に顔色もかえなかった。ゆうべの僕の言いぐさをこの人たちは一場のざれごとと受けとめているようだった。そのほうが僕にとっても気がらくなので平気な顔ですましていた。
 僕らのなかでいちばんかわった武器をたずさえているのは桜さんだった。桜さんは銃器のたぐいをいっさい身につけずに一ふりの日本刀をおびていた。接近戦に備えてか、鉄片をぬいつけた手甲を装備している。もし上に何か着るなら、軍用コートよりも陣羽織のほうがにあいそうなよそおいだった。
 僕たちのパーティのメンバーは

僕こと南野仁――盗賊・中立・日本人
桜――侍・中立・日本人
吾妻翼――魔術師・中立・日本人
黒井鷹――僧侶・善・日本人
ウィリー・スミス――戦士・善・アメリカ人
バイア・バカルディ――魔術師・善・アメリカ人

という構成だ。そういえば桜さんの苗字は知らないままだった。こんどきいてみよう。
「六人そろったところで」と黒井さんが話の口火を切った。「フォーメーションをきめる。北条鱗だ。異論のあるやつは?」
 いなかった。あたりまえだった。
 北条鱗とは物理攻撃担当の三人がおおきな三角形の頂点に位置し、そのなかに魔法担当の三人がちいさな逆三角形をかたちづくるフォーメーションである。名前は後北条氏の家紋のかたちににていることからとられた。魔物たちの出現方法は常識を超えるものであるため前方だけでなくうしろや左右もカバーする必要があり、また魔法を使うには精神的に安定していなければならないため、呪文使いが三人いるパーティではほぼ100%北条鱗のフォーメーションを採用するのだ。
 さっそくメンバーの呼吸をあわせるための実技訓練がはじまった。まわりのマナの変化に注意しつつ、フォーメーションをくずさずに前進する。ポイントマンの動きやハンドシグナルの確認や通路をすすむときの要領などを点検しながらやってゆく。
 「Encount!」と黒井さんがさけんだら戦闘開始だ。魔物の出現位置がランダムにきめられ、方角を指定される。全員がそこへ注目し、最適なフォーメーションへとすばやく移動し、パーティの全火力をたたきこむ(ただし銃弾はもったいないのでつかわない)。迷宮での戦闘は巧遅よりも拙速なのだ。二時間ばかりの訓練のすえに僕ら新米トリオは黒井さんたちベテラン三人組の足を引っぱらずにすむくらいにはなった。
 ――“機構”はパーティのメンバーにすくなくともひとり、三十回以上迷宮にもぐった経験のあるベテラン冒険者をくわえることを規則でさだめていた。そしてベテラン冒険者に対しては月何回というノルマのかたちで新米冒険者の探索に同道する義務を課していた。いうまでもなくルーキーたちの死亡率をひきさげるための処置だった。てまひまかけて訓練学校を巣立たせたばかりの雛鳥たちをそのまま化物どものディナーに供するほど“機構”は気前がよくはない。もちろんベテラン冒険者としては半人前どものおもりを命ぜられたかたちになるので愉快であろうはずはないのだけれど、自分が半人前以下の能力しかもちあわせていないことを知っている身としては実にありがたい規則だった。

 昼食には訓練学校の大食堂を利用した。この後は座学の予定なので、訓練期間でへった体重をすこしでもとりもどそうと、もどしそうになるまでステーキを食った。午後はあいている部屋をつかって、それぞれがおたがいの知っていることを教えあった。正確にはものを教えるのはもっぱらベテラン三人組で、僕たち新米トリオは聞き役にまわっていた。スミスさんとバカルディさんが英語でまくしたて、黒井さんが通訳をつとめて日本語に訳して説明してくれた。僕も黒井さんをてつだおうとしたけれど僕の英語はまだまだ未熟で悪口のやりとりをのぞけばヒアリングくらいしか満足にできなかったので結局は桜さんたちとおなじようにうんうんうなづいたりときどき質問したりするくらいしかすることはなかった。それから午後四時までフォーメーションの実技訓練をやった。そのあとはシャワーをあびて五時からギルガメッシュの酒場で夕食をとることになった。

 酒場ではきのうの口の悪いウェイトレスさんにテーブルへと案内された。とりあえず僕たちはめいめいが飲みものを注文した。しばらくしてウェイトレスさんが飲みものをもってきたので僕たちはそれまでにきめておいた料理をたのんだ。
 スミスさんが黒い腕をのばしてビールのジョッキをつかみ、ひと息に半分くらい飲んだ。そしてジョッキの底でテーブルを二回ガンガンたたいて僕たちを静かにさせ、主に僕のほうを見ながら語りはじめた。
「はじめに言っておく。俺たちの狩場は地下四階だ。今のところ人間が到達している最深階だ。要するにおまえらルーキーと俺たちとではレベルがちがうんだ」
「おい」
 黒井さんがスミスさんの腕をひじでつついた。しかしスミスさんはしゃべるのをやめない。
「お前らにつきあえるのは四回。それで俺たちのむこう三か月のノルマは消化できる。一回目の探索は地下一階でいい。二回目が地下二階、三回目は地下三階、最後は俺たちの狩場で仕事だ。この条件がのめないのなら俺は降りる」
「おい、こっちのつごうばかり押しつけるなよ」
 黒井さんがスミスさんと口論をはじめた。バカルディさんは我関せずという顔で、ジョッキのふちに口をつけたまま厨房のほうを見すえている。
 いまさらことわるまでもないことだが迷宮には魔物が出る。そして一概にいって、深い階層に出てくる魔物ほど手強い。理由ははっきりしたことはわかっていない。もっとも有力な説としては地下深くにマナの発生源があるため地上に近づくにつれてマナの濃度がうすくなるからだという。魔物たちはマナをエネルギーにして活動しているため、強力なやつらほど行動の場を下の階層にもとめるのだ。
 僕は桜さんと我妻さんとの顔色をうかがった。ふたりとも眉根にしわをよせて考えこんでいた。たぶん僕もおなじようなしわをこしらえているはずだ。地下四階、いまのところ冒険者にとっての最深層の魔物どもに僕らルーキーが太刀うちできるのか、という疑問が僕らの頭を重苦しく支配していた。
 もっともルーキーといってもことばどおりの新兵というわけではない。訓練学校では実戦もやった。なにせすぐそばに戦場があるのだからこれを利用しない手はない。地上で三日間みっちり冒険者にとって必要な技能をたたきこみ、そのつぎの日に教官とヘルプの冒険者とに引率されて訓練生は迷宮にもぐって魔物どもを相手にする。このくりかえしだ。最終試験は訓練生だけのパーティで地下二階に設置されたアイテム、鍵とか置物とかいったのを手にいれることだった。地図は完璧だったし後方では試験官がつかずはなれずで訓練生たちを見まもってくれていたのですべて訓練生の実力でパスしたとはいえないものの、それでも地下二階までの魔物ならどうにか相手どることができる。だが地下四階ともなれば――
 僕らは決断をせまられた。三人額をよせあって相談をはじめた。
「ヤバいんじゃないか」とまずは我妻さんが慎重論をとなえた。
「たしかに」と桜さんが相槌をうった。「仁はどう思う?」
「やるべきです」と声に力をこめてこたえた。こういうときに内心の不安をひびかせてもなにもいいことはない。
 ふたりがだまって僕を見つめた。僕は説明をはじめた。
「僕ら三人でも地下一階と二階なら問題ないはずです。先輩がたといっしょならなおさらです。それで三階や四階におりたらそのときはあの人たちをサポートするかたちで戦うのがいいでしょう。それで僕らでも戦えるようならそれでよし、もしレベルが足りないとわかればむりをせずに探索をあきらめて地上にもどればいいんです」
「泣きをいれるのは性にあわないが、そのときはしかたがないだろうな」と桜さんが言った。吾妻さんがそれにつづけて口をはさんだ。「途中下車を考えてのうえでってのはいい。でもそれやったら俺らは冒険者になってそうそうイモ引いたってうわさがたって、あとあとやっかいなことになるんじゃないか」
「ルーキーが三階や四階をさけたとしても臆病者のレッテルをはられることはないはずです。むしろ冷静な判断だと評価してもらえるんじゃないでしょうか」
 それに、と僕はつけくわえる。「スミスさんはきょう一日、僕らと訓練しました。そのうえでああ言っているんです。僕らがほんとうに役たたずなら最初から組もうともしないでしょう。この場ではっきりパーティ入りをことわるはずです。それをああ言っているのは、僕らがあの人たちと肩をならべて戦うだけの力があると判断されたからです」
 そして僕は意識してふてぶてしく笑った。
「だったらその期待にこたえてさしあげようではありませんか」
「のった」と桜さんがすぐに言ってくれた。
「俺もだ」とややあって吾妻さんもうなづいた。「仁の言いぶんに理がある。でもきのうのことといい、意外だな。仁はもうすこし慎重なタチかと思っていたのに」
「ここみたいな男の世界ではなにか壁にぶつかったらつきすすめ、むちゃでもなんでも押しとおせ、それですっころぼうがぶっとばされようが、尻ごみするよりははるかにマシだ。そうバディが言ってたんです」
「カジノさんか? 前に言ってた」
「ええ」
 みれば黒井さんとスミスさんとの言いあいはとうに終っていてつぎつぎはこばれてくる料理にバカルディさんといっしょにとりかかりはじめていた。僕は三人にスミスさんのいう条件をのむことをつげた。スミスさんは気楽な顔で「そうかい」と言った。
 細部のスケジュールをつめてゆく。黒井さんたちの実戦の日は月曜と木曜なので二日後の月曜に僕ら六人は地下一階を探索することになった。先達たちによってすみからすみまでしらべつくされているのであたらしい発見などはないだろう。僕ら三人を実戦にならすため、あとはこづかいかせぎのためだ。

 みんなとわかれてから陽がしずみつつあるのを背にうけて訓練場へ足をはこんだ。本格的な命のやりとりがはじまるときまったのにまるで恐怖を感じない。これからさきへの期待感に全身が支配されている。迷宮都市へやって来てからなにもかもがうまくいっているので頭がうまくはたらかないのだと自分でもわかった。こういうときにこそ足をすくわれるものだと知っているのに、心のほうは頭のいうことをうけつけてくれない。
 訓練場のかたすみに石碑の一群がたてられているのが見えた。その黒光りする御影石の表面には数しれぬほどの名前がほりこまれている。迷宮で魔物どもに殺された人々の名だ。はじめは七年まえのデルタフォースの殉職者のために設けられたのがいまでは冒険者の犠牲者のためのものになっている。そういう事情を訓練生のときに教官におそわった。
 石碑のまえには先客がいた。その厳粛なうしろ姿から墓参りにもにた思いでたたずんでいるだろうことは見てとれた。相手の目ざわりにならないあたりに位置どった。そして自分へのいましめのために石碑にほりつけられた名前を心のうちでよみあげてゆく。
「きみは、ジンかい?」
 先客のひとに声をかけられた。意外な感じとともに相手のほうをむく。陽はくれかかって顔がよく見えない。
「ええ」
「そうか。あんまり子どもだからそうだろうと思った。ああ、わたしはきみのバディだったカジノの友だちだ。リベリアで肩をならべて戦ったこともある。
 きみのことを話していたよ。訓練生でいちばんのチビのガキが俺のバディになった、はじめはドジばかりこいてたが泣きごとひとつこぼさずに教官の命令にしたがう、どんな状況になってもへらず口をたたく根性の持主だ、舌もまわるが頭もまわる、そのうえタフだ、ってね。
 あいつがあれほど人をほめるのははじめてだ」
「かいかぶりですよ。あと日本人の子どもってことでひいき目もはいっているんです。
 ところで、いまカジノさんはどちらに住んでるんですか?」
「あの世だよ」
「あの世ですか」
 僕はおうむ返しにこたえたあとでかれの言ったことの意味をあらためて考えて、そして愕然とした。
「……死んだ?」
 相手の顔はあいかわらず見えない。
「でも、卒業して、きのうのきょうで」
「あいつは冒険者になってすぐに俺たち先発組とくんで迷宮にもぐった。やつはプロだし傭兵仲間との連携も完璧だったからな。
 だがアンラッキーがやつを殺した。たまたま不意をうたれ、たまたま急所を切りさかれ、たまたま仲間の僧侶との距離がひらいていた。そしてすべてが致命的だった。
 ……、……」
 そのあとどういうやりとりをしていたのかはよくおぼえていない。気がついたら僕は訓練棟のつくりものの光のもとでカジノさんの名前がほりつけられた石碑のまえにぼんやりと立ちつくしていた。そのいちばんあたらしい名前に人差指の腹でふれた。そのふちはあくまでするどく、指に力をいれてこすると痛かった。なにもかもが嘘としか思えないなか、その痛みだけがいまの僕にとっての現実だった。




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